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2017年4月 4日 (火)

新聞配達

大学生の時、岡山で新聞配達をしてました。家が貧乏だったため、新聞社の育英奨学会を利用し、学費をもらうためです。この制度、昨今問題視されているような返済はなく、4年間勤めあげたら返済の義務はないというもの。4年間、がんばりましたねぇ。朝は3時半に起きては、雨の日も雪の日も元旦も配りました。苦労も多かったはずですが、なぜか今では楽しかった思い出しか覚えていません。あの時はみんなが同じ釜の飯を食べ、寝起きを共にした仲間がたくさんいました。最近、ふと、あの頃に戻りたいような衝動にかられます。勉学に励み、仲間と遊び、恋愛もし、まさに青春時代だった充実したあの頃に。半分ヤクザみたいな世界で、他の同級生とは確実に違う世界に生きてるなぁと感じてました。他の同級生が部活やコンパ等に明け暮れている時に、「明日の朝早いから」と現実味のある理由で断り、午後9時には就寝、午前3時半起床。ほぼ毎日このパターンでしたから、体調を崩すこともなく健康に生活してました。ただのずっと慢性の寝不足でしたけどね(笑)。また同級生が教室で講義を受けている間でも、僕は一人で確定申告の紙を広げて電卓をたたいてました。勤労学生ですね。一番うれしかったのは年に数回ある新聞休刊日。唯一ふるさとに帰省できます。一泊二日でしたが、なかなか休みがなく帰れないぶん、帰省はうれしかったですね。一度、家族が休肝日に下宿に遊びにきたことがあります。風呂もない下宿だったので、家族で始めて銭湯に行きましたよ。夜は六畳一間の下宿に家族4人が川の字になって寝てました。で翌朝、後楽園やら倉敷界隈を観光に行ったのを覚えています。
兎にも角にも、この4年間、新聞配達を続けたことが、この後の人生に大いに役立ちました。この時身につけた自然と一体となって仕事をする感覚は、今の介護の仕事にも通じるものがあると思います。残念ながら憧れていた学校の先生には教員免許の単位が足りずになれませんでしたが、新聞社に推薦状を書いてもらい大手電機メーカーの関連会社に就職できました。


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